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(2)米国におけるライセンシングの歴史
商品のライセンシングは、新しい現象ではありません。ライセンシングの起源は1870年代のイギリスまで遡ることができます。(Upton,
1985, p.8)アメリカでは、100年以上前にライセンシングの概念が発達し、コミックの発展と深く関わりを持ってきました。
1900年当時、購読者の新聞への愛着を強めるためにコミックを掲載したことで、アメリカのマスメディアはコミックに販売促進効果があることを見い出しました。コミックを掲載したことで新聞社は売上を伸ばし、発行部数を上げることができたのです。(Wermke,
1991, p.9)
1902年、Selcho w &Righter and Steiff社が、初めて漫画のキャラクターをマーチャンダイズし、「バスター・ブラウン」の玩具やゲームが登場しました。時を同じくして、「シボレー」「フォード」「ペプシ」「ドクター・ペッパー」などが、プロパティをもとに商標を目玉とした商品を発表しました。(Raugust,
1995, p.4)
1910年頃から、チャーリー・チャップリンのような有名人に支持が集まり、ココ・シャネルに代表されるライセンス化されたデザイナー・マーチャンダイズが誕生し始めました。漫画のプロパティ同様、映画スターやキャラクターもライセンス化され、ウォルト・ディズニーのプロパティに初めてライセンシング権利が認められました。(Raugust,
1995, p.4)
映画、漫画、ラジオのおかげで、そのような新しいエンタテイメント形態は、かつてないほど高い支持を得ました。1929年、学校のノート用に、「ミッキー・マウス」の最初の公式ライセンスが認可されました。ディズニーに支払われた契約金は300ドルでした。当時は商品ライセンシングに秘められた無限の可能性など、知る由もなかったのでしょう。(Raugust,
1995, P.4)
近代のライセンシングに注目が集まり始めたのは、1930年代になってからです。その頃、ディズニーに加えて、「小さな孤児アニー」「ベティ・ブープ」「フィリックス・ザ・キャット」「ポパイ」「バッグス・バニー」のような漫画や映画のキャラクターが誕生し、有名になりました。また、漫画「バットマン」の連載が始まり、シャーリー・テンプル、ジェーン・ウィザーズ、ロイ・ロジャーズといった有名人もこぞってマーチャンダイズされるようになりました。(Raugust,
1995, p.4)
1940年代後半から1950年代始めにかけて、何億という家庭に普及したテレビの到来により、ライセンシング事業は右肩上がりに伸び始めました。1940年代にマーチャンダイズされたプロパティには、「バッグス・バニー」「キャスパー」「トムとジェリー」「ウッドペッカー」などがあります。
1940年代、クリスチャン・ディオールはすでに店舗を立ち上げていましたが、バレンティノ、ジバンシー・シャルル・ジョルダン・ピエール・カルダンといったファッション・デザイナーたちが台頭してくるのは1950年代になってからでした。
1950年代には、映画やエンターテイメントに関するプロパティのライセンシングが始まりました。ワーナー・ブラザース社のアニメ・キャラクター、「ダフィ・ダック」「トゥィーティー」「シルベスター」などが登場しました。(Upton,
1985, p.9)
1952年、最初のピーナッツ・ブックが出版され、1958年には初めてスヌーピーのライセンス商品が認可されました。(TLBI,
1999, pp.23-26)
ライセンス商品の小売販売で全てのプロパティが300ドル以上稼ぎ出していた当時、人間のキャラクターとして唯一成功を収めていたのは、ウォルト・ディズニーの「デイビー・クロケット」でした。(Raugust,
1995, p.5)
テレビの人気は1960年代もとどまるところを知らず、テレビを基にしたプロパティも大流行しました。「ザ・フリントストーン」「クマゴロー」「スター・トレック」「セサミ・ストリート」の放送も開始されました。「ナショナル・フットボール・リーグ」は初めてライセンシング・プログラムを体系化し、「ビートルズ」は、ミュージック・ライセンシングの先駆けとなりました。
ファッション・ライセンシングも盛んになりました。ラルフ・ローレン、リズ・クレイボーン、ローラ・アシュレイ、アン・クライン、オスカー・デ・ラ・レンタのようなデザイナーたちが、ファッション市場において独自の地位を築きました。(Raugust,
1995, p.5)
1970年代になると、ライセンシング・ビジネスの中心は、主要な映画やテレビ・スタジオによって創り出されたプロパティに集中するようになりました。「ピンク・パンサー」や「ザ・マペッツ」の放送が始まったのは、1970年代初めのことです。"The
Six Million Dollar Man to Mork & Mindy"に端を発したテレビ関連プロパティの成功は、ライセンス・コンシューマー・プロダクツを生み出しました。(Raugust,
1996, p.11)
テレビと直接的な関わりはなくても、総合エンターテイメント全体として、1977の「スター・ウォーズ」第1作目の公開は、多数のライセンシング・プログラムを生み出しました。ライセンス・プロダクツの小売販売は25億ドル以上でした。これが、現在の一般的なライセンシング・ビジネスの始まりだと言われています。(Raugust,
1996, p.11)
スター・ウォーズ現象は、様々なライセンス・プロパティを示唆しました。特に、玩具愛好家の子どもたち向けのエンターテイメント・バラエティは、無限の可能性を秘めた一大事業でした。(Raugust,
1996, p.12)
それにともない、1980年代にテレビのライセンシングは爆発的に飛躍し、より体系化した複雑なビジネスになったのです。「ロジャー・ラビット」や「アルフ」「ゴーストバスターズ」など純然たるエンターテイメント・プロパティに加えて、「He-Man」や「スマーフ」のようなテレビ番組として放送された玩具プロパティも人気を博しました。(Raugust,
1995, p.5)
この頃には、ライセンシング・ビジネスの本質が変わりつつありました。しかし、「シンプソンズ」「きかんしゃトーマス」「バーニー&フレンズ」「パワー・レンジャー」のようなテレビ関連のプロパティはその後も人気を誇っています。
1990年代後半になると、さらに多くのニッチ・オポチュニティがビジネスに参入してくるようになりました。(Raugust,
1995, p.5)
他のプロパティのように成功をおさめることはなくても、そのようなニッチ・プロパティがマーケットに参入してくることは、小規模なライセンシー団体にとっては非常に有益なことであり、その他にも様々なヒット・エンターテイメント・プロパティが登場しました。(Raugust,
1996, p.13)
今では、何千種類にも及ぶプロパティをライセンシング・オポチュニティとして入手することができます。考えつく限りのコンシューマー・プロダクト・カテゴリー・メーカーは、ライセンス・プロダクト・ラインを作っています。実際、そのような機会をみすみす逃す小売り企業はないと言えるでしょう。ライセンスはまぎれもなく、一大事業になったのです。
The
following is an abstract of a Diploma Thesis written by Sabina
Gockel at Johannes Gutenberg-Universitaet Mainz at the Department
of Applied Linguistics and Cultural Sciences in Germersheim
in the year of 1999/2000, supervised by Prof. Dr. Karl-Heinz
Stoll and Dr. Donald Kiraly and appears here by express permission
of the author. As such it falls under our copyright and may
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permission of LIMA.
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